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<報告>情報労連ボランティア 「南三陸町 復興支援ボランティア」第5・6・7次隊(再掲)2013.03.05

データ本部は、情報労連ボランティア「南三陸町ボランティア」に賛同し、昨年11月からボランティアスタッフを派遣してきました。今年1月には、3日程8人が活動しました。
参加者の皆さんからの感想を報告します。
第1次隊レポートはこちらからご覧いただけます。)

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▲作業のようす


<第5次隊(活動期間 1月10~13日)>

東海分会 金子 洋さん  

恥を忍んで言うと「生で被災地を見たかった」という不謹慎な気持ちもどこかにありましたが、実際に現地に足を運ぶと、そんな気持ちは消えてなくなりました。

2日間でたくさんのことを感じましたが、最も感銘したのは長期滞在ボランティアの方々の表情。大半の方が南三陸町とは縁のない方々。2年前までは会社員だったり農家だったり。震災の日まで普通の暮らしを送っていて、震災後も普通の暮らしができる状態であった人。

しかし、そんなことは関係なく、自身の生活を投げ売って貯金を切り崩しながらニコニコとがれきを撤去していました。終始、ニコニコとしていました。誰に頼まれるでもなく、感謝を求めるのでもなく。

「今、自分ができることであり、やることはこれだからやっている。女房は怒っているけどね。」と照れながら言っていました。
”豊かな生活とは何か”を考えさせられました。

ボランティア活動報告としてはいささか内省的なものになってしまいましたが、今回私が最も感じたことです。

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第5次隊集合写真

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<第6次隊(活動期間 1月17~20日)>
本社分会 石田 竜也さん
実際に現地を自分自身の目で確認できたことで一層強いインパクトを受けました。
震災より1年10ヶ月以上経過しているとはいえ、現地の惨状は凄まじく、特に大量の家屋のがれきをみると、復興への道のりの困難さを改めて感じました。

しかし、今回のがれき撤去作業を通じて非常に微力な力でも集団で協力し活動に当たることで少しずつかもしれませんが復興に向かって着実に進んでいると実感することができました。

機会があれば、また積極的にボランティア活動に参加したいと思います。
また、今後もいろいろな形で南三陸町、東北の復興を支援していきたいと思っています。

法人第二分会 及川 宗明さん  
今回「東日本大震災」2012情報労連統一ボランティアに参加して一番印象に残ったことは、「東日本大震災発生から1年11カ月経った今も復興があまり進んでいない」ということでした。

被災地は、周囲を見渡す限り平地であり、かろうじて形のある物は、鉄骨でできた建物の骨組みのみ。加えて、雪が積もり、雪の下には、多くのがれきが散在していました。
100人のボランティア参加者でがれき撤去作業に勤しんだが、撤去できたがれきは、ほんの一部。被災地復興のためには、これからも多くの人の協力が必要であると感じました。
今後は、周囲の人に被災地の現状を届け、協力を仰ぐことで被災地復興の一助になれればと思います。
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マネジメント分会 新村 殉子さん
ボランティアに参加して、率直に思うことは、参加することができて本当に良かったということです。
日々、仕事に追われる中での参加だったため、体力的に心配だったのですが、実際現地に行ってみて状況を見たときに、愕然とし、仕事で疲れたなどと言っている自分が恥ずかしくなりました。

「私ができることを今やろう」という気持ちをエネルギーにし、2日間、一生懸命作業をしました。
私たちができることは、とても小さな事かもしれないのですが、“忘れない”事で、量ではなく、気持ちや質でできることが沢山あるのだと気づかされ、何より、作業最終日に頂いた「ありがとう」の言葉は、新たなエネルギーになりました。

エネルギーを得たこと、また、大切な事に気づけたこと、小さな力でも、現地で作業ができたこと、本当に情報労連の方々を始め、この機会を作ってくださった皆様に心より感謝申し上げます。
忘れず、できるることをこれからも続けてやっていきたいと思います。

中国分会 久保田 慶一さん
2日間、日ごろ持ったことのないスコップ、つるはしで作業しました。いろんなものが出てきます(坊主のけさ等々)。おどろいたのは家の冊子や結構な鉄筋等が曲がりくねって、くちゃくちゃになっていることでした。津波にかかわらず自然の猛威におどろかされました。

今回情報労連として参加させていただきましたが、データ本部傘下の仲間はもちろん、情報労連の仲間と社会貢献活動をできたことがうれしく、また情報労連の団結力をあらためて確信しました。


<第7次隊(活動期間 1月24~27日)>
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第7次隊集合写真

北陸分会 杉林 敏幸さん
被災地に立ってまず思ったことは「自分の中で風化が進んでしまっていた」ということです。

東日本大震災が発生して以来、多くのニュースを見聞きし、何かできないか?と思い続けていました。それがかえって自分の中に慣れのようなものを生み、時間が経てばきっと復興するのだろうと考えるようになっていました。
しかし現実は全く違っており、まだまだ多くの人の手が必要な状況でした。

大きながれきは撤去が進んでいるように見えましたが、更地のように見えた地面を掘り起こすと衣服や食器などの生活の品がたくさん埋まっていたことに大きな衝撃を受けました。
また、ボランティアセンタの方が「一緒に悲しむことが必要なのではない。地元の方が前向きになって生活していける雰囲気を作ることが大切なのだ。」と笑顔を交えておっしゃっていたことも印象的でした。

元通りの町を再生することが復興なのではなく、地元の方の心が癒され、前向きな気持ちが持ててこそ復興したと言えるのだと強く感じています。被災地は必ず復興できます。

地道なボランティア活動を実践する人が多くいれば、その日が早く訪れるのだと思います。風化させないこと、継続的なボランティアの大切さを実感しています。

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▲北陸分会 杉林さん ▲四国分会 八木さん


四国分会 八木 裕さん
ボランティアに参加して色々と印象に残ったことがあるのですが、その中でも私が伝えておきたいのは、我々が行った南三陸は2年が経とうとする今も地面に埋まったままのものがたくさんあり、まだまだがれき撤去作業が必要だということです。

がれき撤去作業のためには重機も必要ですが、埋まってる物を確認するための細かな作業をする人力も必要なため、情報労連としてのボランティア派遣の取り組みは今回で一旦終了と言うことでしたが、引き続き多くの人が現地に行けるようにして頂ければと思いますし、引き続き復興の力になれるよう自分自身も協力したいと感じました。
今回、ボランティアに参加する機会を与えて頂き、本当にありがとうございました。


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