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発災から6年半 被災地「石巻」から学ぶ2017.12.07

発災から6年半 被災地「石巻」から学ぶ
「東北被災地視察学習会」に参加して

 情報労連は11月24~25日に石巻市で、「東北被災地視察学習会」を開いた。発災から6年半が経過した被災地を視察し、復興支援の風化防止と震災の経験・教訓を共有した上で、今後起こり得る災害発生時の対応に生かしていきます。データ本部・菊入麻理子執行委員が報告します。
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語り部さんの話

 自身も被災して足に怪我を負った佐藤富蔵さんから被災当事のお話を伺った。佐藤さんはお母様と一緒に生活しており、被災当事も一緒に避難したという。津波にのまれた二人は、多福院という寺院の2階に押し上げられた。2階には着替えもあり何とか切り抜けることができたが、2日目の夜、お母様は低体温症のためお亡くなりになったそうだ。亡くなった当初は死因が低体温症だということもわからず、後に避難所で、低体温症を解消するマッサージを看護し達がしているのを見て、自分もこういった知識があれば母親を救うことができたのに、と無念の思いを語っていた。突然起こることだからこそ、災害時を生きぬくためには予め必要な様々な知識を習得しておくことが重要だと感じた。 
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▲津波によりさら地となった現場
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▲震災当時に多くの人が避難した高台
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▲資料館でのガイドによる説明のようす
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▲津波の高さを物語るポール

防災ワークショップのこと(クロスロード)

 防災ワークショップというものを初めておこなった。5~6人で1つのグループに分かれ各人に2種類のカードが配られる。「YES」と「NO」のカードだ。これは実際の震災に遭う前に、様々な物事の考え方・価値観があることを知り、有事のときに自分の判断の材料にするというものだ。東日本大震災の後にできたもので、内容は大学の研究所と検討中の部分もあるとのことだが、例として1つご紹介したい。
 「震災があり自身は家から徒歩5分の避難所に逃げた。家族とは普段から同じ避難所に逃げることを決めていた。しかし避難所に家族の姿が見えない。この時あなたは家に戻りますか?」といったような、判断に迷うような内容だ。30秒ほど考え、一斉に「YSE」または「NO」のカードをテーブルの中心に出す。人それぞれの判断にグループ内は神妙な面持ちになる。次に一人ひとり「なぜそのカードにしたのか?」の理由を説明する。ある人は「徒歩5分なら走ったらもっと早いし、被害に遭う前に避難所にもどって来られるのではないか」と説明し、ある人は「語り部の人の話からも、避難所に一度来て、再度家族の様子を見に行ったり、布団を取りにいった人が被害に遭い亡くなったりしたことを考えると、どんなに家と避難所が近くても戻ったらいけないのではないか」という意見や、「人が直接見に行かなくてもドローンを使って家の様子が見られるようにする仕組みを作るのはどうか」といったような様々な角度からの意見が出、グループ内で最終的に意見を一つにまとめるというゲームだ。まとまらないグループはまとまらないが結論で良く、ありのままを全体に発表する。
 グループの発表を聞いて、更に多様な価値観があることを知る。このゲームはそうやって自分の中に沢山の「引き出し」を作ることを目的としている。「正解」があるわけではない。実際にやってみて思ったのは、どの内容も有事のことが起こらない限り自分ではあまり考えないことで、でも非常に重要なことであるということだ。いくつかの問題をやってみて、内容によっては「今までこういったことを考えたことがなかった」というものもあり、内心ヒヤリとした。震災を疑似体験できるこのゲームは、年齢を問わずしかもゲーム感覚で行なえるので、多くの人に体験して欲しいと思った。 
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▲ワークショップのようす

街歩きをして

 「石巻津波伝承AR」というアプリを使って津波の被害があった石巻の街を街歩きした。
 アプリの中で、スポット毎に震災直後の写真が写され、現在の様子と比較できるようになっている。発災直後は瓦礫で埋め尽くされていた道路も、今はきれいに舗装されていたりするのがわかる。途中電信柱や店舗の壁に「実績浸水深」の記録が残っており、非常に脅威を感じた。
 恐らくかつては活気があったであろう商店街は、今は表面的には静まり返っており、春を待っているかのようだった。
 通りかかった「橋通り」という通りでは、「橋通りコモン」という「まちなか文化発信地」ができていた。クジラのイラストが描かれたコンテナーが目をひくこの場所は、賑わい創出の場として、飲食スペースなどもあるらしい。また「いしのまき元気市場」という、1Fに水産加工品や農産品やお土産、2Fはフードコートが入っている商業施設が旧北上川近くにできており、フードコートからは旧北上川を眺めながら食事ができるようになっている。旧北上川は河川堤防を作っている最中であり、当時のような津波がきても被害が大きくならないよう防災に強い街作りが進められていた。川の土手には芝が植えられており、カフェができるとのことだった。話を聞きながら徐々に自分の中に新しく街が生まれようとしているイメージができ、少しずつではあるが再建が着実に進んでいることを実感した。 
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▲現在の風景
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▲津波による被害をうけた当時の風景

今後の石巻について

 今回の学習会を通して、6年という歳月をかけて徐々に再生に向けて街全体が動いていること感じました。その中には、今まで労働組合等が取り組んできたボランティア活動や支援が役立っているのだと思います。また、今後も引き続き、この震災での出来事が風化されないように。
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